Q 試用期間後、本採用された労働者がいます。本採用されて間もなくして、求人で求めていた能力に足りないことが分かりました。解雇はできるのでしょうか。

A 本採用されて間もないといっても、本採用されているので、解雇をするには、通常の解雇規制が課されます。(解雇手続の規制と解雇理由の規制)手続的には、30日前の解雇予告又は予告手当を支払う必要があります。また、単に能力が低いというだけでは解雇は認められず、従業員として必要な資質・能力を欠き度重なる指導によっても改善の見込みは極めて乏しく引き続き雇用することが困難といえる状況が必要です。

 

解雇手続の規制

 使用者は、解雇をするには、少なくとも30日前に労働者に予告をするか、30日分以上の平均賃金(予告手当)を支払わなければなりません(労働基本法20条1項)。

 もっとも、その例外として、①天災事変その他やむを得ない事由により事業の継続が不能となった場合、および、②労働者の責めに帰すべき事由に基づいて解雇する場合には、予告なく即時解雇することができるとされています(同条1項但書)。

 即時解雇を可能とする「労働者の責めに帰すべき事由」について、行政解釈は、労働者の非違行為が重大・悪質であり予告なしで解雇することもやむを得ない場合に限って認められるべきであるとしています。

 したがって、求人で求めていた能力に足りていないということだけでは、即時解雇はできないでしょう。

解雇理由の規制

就業規則に定められた解雇事由が存在すること

 就業規則には通常、解雇事由を定めた規定が置かれています。その趣旨については、裁判例では、限定列挙とされることが多いです。限定列挙とされる場合には、解雇事由に該当する事実が存在することを使用者側が主張立証すべきことになります。
 以下は、就業規則の解雇事由に関する規定の一例です。求人で求めていた能力が足りないことは、下記の例の就業規則第●条(2)に該当する可能性があります。

第●条(解雇事由)従業員は、次の各項の事由に該当する場合は解雇する。

(1) 身体または精神の障害により、業務に耐えられないとき

(2) 勤務成績または業務効率が著しく不良で、向上の見込みがなく、他の業務にも転換できない等就業に適さないとき

(3) 会社内において、会社の許可を受けず演説、文書の配布もそくは掲示またはこれに類する行為をしたとき

(4) 会社内において、明らかに一党一宗に偏した政治活動または宗教活動を行ったとき
(5) 事業の縮小等やむを得ない業務上の都合により必要性のあるとき
(6) 事業の運営上やむを得ない事情または天災事変その他これに準ずるやむを得ない事情により、事業の継続が不可能になったとき
(7) 試用期間中まては試用期間満了時までに従業員としてj不適格であると認められたとき

(8) 「第●章 服務」の規定にしばしば違反するなど、勤務状況が著しく不良で、改善の見込みがなく、従業員としての職責を果たしえないとき

(9) 懲戒解雇事由に該当したとき

(10) その他前各号に準ずるやむを得ない事由があるとき

解雇権濫用にあたらないこと

労働契約法

(解雇)
第十六条解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。

 解雇には、①客観的合理性、②社会的相当性という2つの要件が必要です。この2つの要件を満たす具体的な解雇理由の存在については、実際の裁判では、使用者が主張立証責任を負うとされることが一般的です。実際の裁判例では、この2つの要件は、明確に区別されることなく一体として判断されることが多いです。

 裁判例では、単に能力・能率が低いだけではなく、労働契約の継続を困難とするほどの重大な能力低下がなければならず、また、使用者として具体的に改善矯正策を講じたが改善されず改善の見込みがないことが求められることが多いです。下記裁判例では、従業員として必要な資質・能力を欠き度重なる指導によっても改善の見込みは極めて乏しく引き続き雇用することが困難といえる状況のなかでなされた解雇が有効とされました。

【事件番号】東京高等裁判所判決/平成26年(ネ)第2976号、平成26年(ネ)第6389号
【判決日付】平成27年4月16日
【判示事項】1 被控訴人兼附帯控訴人(一審原告)Xについては,控訴人兼附帯被控訴人(一審被告)Y健保就業規則25条7号所定の「その他やむを得ない事由があるとき」に該当する事由があると認められ,本件解雇は,客観的に合理的な理由があり,社会通念上相当であると認められるから,有効であるとされた例

「被控訴人は,平成5年に控訴人に採用されてから,総務課長に登用された平成16年に課員と対立し管理業務を適切に遂行することができない事態に至るまでは,職務上格別の問題を起こしていなかったものの,平成17年に課長職から一般課員に格下げになった頃から日常業務の判断と事務処理の過誤や事務遅滞がみられるようになり,評価権者から指摘を受けて努力したが,その後も過誤や事務遅滞はなくならず,平成20年10月に担当業務の変更後も被控訴人の事務処理状況に顕著な改善はみられず,業務上必要なレセプトを誤って廃棄してしまったこともあり,被控訴人の担当事務の一部を他の課員が担当するようになり,被控訴人の事務負担が軽減された。また,被控訴人は,外部からの照会に適切に対応することができないこともあった。そして,当時の被控訴人の事務処理の結果は,A課長が全件再確認するようになった。被控訴人は,保健事業課に配置換えとなった平成23年9月以降は,日常の事務処理の過誤や事務遅滞の頻度も増え相当数に上るようになる一方,過誤の内容も基礎的な作業におけるものが目立つようになり,ことに同年12月頃には,被控訴人の担当する人間ドック補助金の支給決定通知が本来送付すべき宛先と異なるところに郵送されるなど,個人情報の取扱いにおける重大な過誤も発生させるに至っていた。このような被控訴人の事務処理状況に対し,E課長が何度も指導し改善を促すとともに,自ら被控訴人の事務処理の結果を再確認したり,他の課員が被控訴人の過誤を修正したり遅滞していた事務を被控訴人に代わって処理したりした。それでも,被控訴人の事務処理状況に改善はみられず,このままでは保健事業課の業務が円滑に処理されないと判断したE課長の要請により,平成24年2月,派遣社員が同課に配置されて被控訴人の担当事務の一部をカバーするようになった。控訴人は,それまでの被控訴人の執務状況をみて,被控訴人が精神的な疾患を患っているのではないかと疑い精神科を受診させる等した後,被控訴人の改善は望めず,担当させることができる事務はないと判断して,同年3月30日,被控訴人に対し本件解雇の意思表示をしたものである。この間,被控訴人は,人事考課上消極評価を受け,降格・降級が2回にわたりされ,その都度,問題点を指摘されて指導を受けていたところである。
     以上の事実経過によれば,被控訴人は,上司の度重なる指導にもかかわらずその勤務姿勢は改善されず,かえって,被控訴人の起こした過誤,事務遅滞のため,上司や他の職員のサポートが必要となり,控訴人全体の事務に相当の支障を及ぼす結果となっていたことは否定できないところである。そして,控訴人は,本件解雇に至るまで,被控訴人に繰り返し必要な指導をし,また,配置換えを行うなど,被控訴人の雇用を継続させるための努力も尽くしたものとみることができ,控訴人が15名ほどの職員しか有しない小規模事業所であり,そのなかで公法人として期待された役割を果たす必要があることに照らすと,控訴人が被控訴人に対して本件解雇通知書を交付した平成24年3月30日の時点において,被控訴人は,控訴人の従業員として必要な資質・能力を欠く状態であり,その改善の見込みも極めて乏しく,控訴人が引き続き被控訴人を雇用することが困難な状況に至っていたといわざるを得ないから,被控訴人については,控訴人の就業規則25条7号所定の「その他やむを得ない事由があるとき」に該当する事由があると認められる。そうすると,本件解雇は,客観的に合理的な理由があり,社会通念上相当であると認められるから,有効であるというべきである。」

 

 

 本人の特段の能力を期待して人事本部長という職務上の地位を特定して中途採用した者について、人事本部長としての業務履行や能率が極めて悪いことから、他の職種への配置換えを検討しないでなされた解雇を有効とした裁判例として下記裁判例があります。

【事件番号】東京地方裁判所判決/昭和54年(ワ)第2593号
【判決日付】昭和57年2月25日
【判示事項】外資系自動車会社に人事本部長として雇用された日本人が、同社の就業規則の「業務又は能率が極めて悪く、引き続き勤務が不適当」の条項に該当するとしてされた解雇が有効と認められた事例

「・・・以上のような事実を総合して考慮すると、人事本部長という職務上の地位を特定した雇用契約であつて、原告の特段の能力を期待して中途採用したという本件契約の特殊性に鑑み、前記(一)の原告の執務状況を検討すると、特に(イ)機会あるごとに、自己に課せられた仕事を部下に委譲する形ではなく、自ら仕事を担当する(デイレクターという形ではなく、被告会社のいうワーキング・マネジヤーとして)という方法で執務することを期待されていたにもかかわらず、執務開始後約六か月になつてもそれが改善されなかつたこと、(ロ)ジヨブ・オーデイツトの目的の一つが、人員整理の際の余剰人員を見つけることにあることを認識しながら、人員整理の完了した後である昭和五二年四月二〇日までに、五五の職のうち五人に面接したのみで、原告に要求されていた職務を著しく怠つていたこと、とりわけ、同年三月にb社長に対し同月末日までに面接を完了する予定であると報告しながら、全くそれを行わなかつたこと、(ハ)被告会社の執務方法に習熟する機会を与えられながら、かつ、被告会社においては社長の決裁だけでなくフアスパツクの承認が必要である事項が留保されていることを認識し、さらに、部下の助言を無視して規則違反を行つた等の原告の執務態度は、被告会社の期待した人事本部長としては規則(ト)にいう「業務の履行又は能率が極めて悪く、引き続き勤務が不適当と認められる場合」に該当し、ひいては、規則(リ)にいう「雇用を終結しなければならないやむを得ない業務上の事情がある場合」にも該当する、と解するのが相当である。・・・」

 他方、タクシー運転手として勤務することを予定して入社した労働者が二種免許を喪失してタクシー運転手の業務に就けなくなったとしても使用者がほかの職種を提供することは困難ではないことから、そのことのみをもって解雇することはできないとした下記裁判例があります。

【事件番号】東京地方裁判所判決/平成19年(ワ)第1743号
【判決日付】平成20年9月30日
【判示事項】1 当該雇用契約が職種限定契約であるか,というとき,(a)ある職種で雇用した者を,使用者が本人の同意なく一方的に労働条件や職務内容の異なる他の職種に変更することができるかという問題と,(b)その者が当該職種に就けなくなったとき,使用者が解雇等により契約を打ち切ることができるかという問題の2つがあるといえ,一般的にいえば,当該職種が格別高度の専門性を有しないものであれば,いずれも否定されることになり,高度の専門性を有するもの(例えば,税理士,弁護士,医師等)であれば,その資格等に着目して労働契約等を締結し,その職種に就けたというのが当事者の合理的意思と考えられるから,前者は否定され,後者は肯定されるものと解されるとされた例

「・・・ところで,

当該雇用契約が職種限定契約であるか,というとき,ある職種で雇用した者を,使用者が本人の同意なく一方的に労働条件や職務内容の異なる他の職種に変更することができるか,という問題と,その者が当該職種に就けなくなったとき,使用者が解雇等により契約を打ち切ることができるか,という問題の2つの問題があるということができ,両者は別に解すべきものと思われる。一般的にいえば,当該職種が一定の資格を求めるようなものであっても,格別高度の専門性を有しないものであれば,いずれも否定されることになると解される。これに対し,当該職種が高度の専門性を有するもの(例えば,税理士,弁護士,医師等)であれば,その資格等に着目して労働契約等を締結し,その職種に就けたというのが当事者の合理的意思と考えられるから,前者は否定され,後者は肯定されるものと解される。

例えば,医師であった者が医師免許を失った場合,当然に病院事務員に配置転換することはできないし,解雇することもある程度やむを得ないと解される。さらに,ほとんど専門性を有しない業務については,ある程度使用者側の必要性において配置転換できるし,特定の業務ができなくなっても,解雇することはできず,他の職種に就けるべきこととなる。」

「これを本件において見るに,労働契約書には,業務内容をタクシー運転手に限定する趣旨までの記載はないが,タクシー運転手としての採用に応募して雇用された者は,タクシー運転手として勤務することを予定,希望して入社してきているのだから,他の職種への転換を本人の同意なく命じることは,当事者の合理的な意思に反することになろう。しかし,当事者の合理的な意思としても,資格を失った場合に当然退職することまでは想定していないと解される。さらに,二種免許は,平均的な能力のある人間であれば取得できる資格であり,高度の専門性のある資格とまではいうことができない。また,被告の事業規模であれば,他の職種を提供することは困難とは解されず,被告には他に様々な職種があることが弁論の全趣旨からうかがわれる。そして現に,給与との不適合のきらいはあるものの,清掃職を被告は原告に担当させている。このような点を考慮すると,タクシー運転手は,その業務に就けなくなったとき,使用者が当然に解雇等により契約を打ち切ることができるか,という問題については,否定されるというべきである。被告の就業規則20条1項9号で,普通解雇事由として「免許取消しとなりタクシ-,ハイヤー乗務員としての業務が出来なくなったとき」と規定しているのは,免許取消しを要件としていることから,帰責的・懲戒的な要素を考慮したものと解され,本件のような場合とは異なり,資格喪失が解雇になることの根拠とはならないと解される。

 したがって,被告は,原告が二種免許を喪失したことのみをもって,原告を解雇することはできない。」

 

江東区の女性弁護士
すずらん法律事務所